平成17年3月
株式会社久栄社 社長・田畠久義
VOC(揮発性有機化合物)の測定
印刷物から発散しているVOCの測定にいたったきっかけは、2003年11月のある得意先からの1件の問い合わせであった。当社で印刷したその得意先の環境報告書(水なし印刷+Non-VOCインキ+環境対応型ホットメルト)で、配布先の読者から、「同書を読み始めると、咳やくしゃみなどのアレルギー反応が出るので読むことが出来ない」という苦情があり、報告書より放出しているものが何か調べて欲しい、という内容のものであった。
問い合わせを受けた当初は本の構成部材(用紙・インキ・製本用糊)の構成物質を調べ、それらの放出量を調べるということを計画した。その計画に従い、測定するべき物質を明確にするため、各メーカーに調査の依頼をしたが、
・メーカー側で明示(公表)してくれない部分がある。
・構成物質としてあがった物質の数が非常に多い。
・人体への影響が科学的に不明確の構成物質が多い。
ということがわかった。結果、このまま調査をすすめても、労力や時間の割には意味のある情報が得られるかどうかが不確実で、調査が行きづまってしまった。
そのような時に、ご協力いただいていたインキメーカーより、教科書に対するアレルギー発症問題のなかで用いている測定方法(小型チャンバーによる放散速度測定)についてのご提案をいただいた。教科書は子供が長期間にわたって使用するもので、VOCに対する人体への影響調査が進んでおり、いわゆる「教科書問題」としてひとつのカテゴリーになっていたが、その教科書問題と今回の問い合わせのあった件がよく似た事例であると判断し、この測定方法を取り入れ、実際に問題になった環境報告書の測定にいたった。
印刷物のVOC発散量の測定結果
環境報告書をそれなりの費用をかけて分析会社で測定した結果、50項目にわたっていろいろなVOC項目が発散していることが判明した。その後、詳しくVOCを分析・調査した結果、ホットメルト糊に原因があるらしいことがわかり、次回の環境報告書でその部分を改善したところ、特有の嫌な臭いもなくなり、苦情も発生しなくなった。
環境報告書の件はこれで解決したわけだが、その調査過程において、今回の環境報告書の測定値と、同報告書とほぼ同ページの教科書の測定結果(教科書協会発表)との比較で、トータルVOCが非常に少ないのに気づき、この要因が水なし印刷やNon-VOCインキに起因するのではないかと考えた。だとすれば、まさに「水なし印刷の優位性」の科学的な証明になるのではないかと思い、全く同じ印刷物を水なしと水ありで印刷し、同条件下で測定することを試みた。
Non-VOCインキの真実?
当社は水あり印刷の機械を持っていないので、テスト用の印刷物制作には全面的に文星閣様にお願いすることにした。その時、より顕著に差が出るようにインキも同一のものとせず、水あり印刷には通常の大豆油インキを、水なし印刷にはNon-VOCインキを使用した。ところが実際印刷して計測してみると水なし印刷の方がT-VOCが低いものの、思ったような差が出ない。いろいろ調べてみると、実はNon-VOCインキが原因で、通常の大豆油インキと比較してNon-VOCインキの方がVOCの高く出る場合があることがわかった。大豆油と鉱物油のVOC排出量を比較した場合、炭化水素系のVOCは大豆油の方が圧倒的に低いものの、アルデヒト系やケトン系はむしろ大豆油の方が多く出る。インキ業界でいうVOCとは一般的なVOC7類50項目のことではなく、鉱物油のことを漠然と指すことがわかり、Non-VOCインキとはVOCを発散しないという意味ではなく、インキ製造過程においてVOC(鉱物油)を混入していないという意味であった。
そこで、今度は同じ大豆油インキで印刷方法のみを変えて再テストを行ったところ、期待通りのT-VOCの差が検出された。
環境負荷の「数値化」
この小型チャンバーによる放散速度測定であるが、「水なし印刷」という技術に対し概念的な環境適応性の証明には有効なものの、1回の計測に相当な金額と時間がかかるため、個々の印刷物を測定し、タイムリーにクライアントに提出する事が出来ない。そこで、文星閣の奥社長の提案もあり、放散速度測定による水なし印刷の優位性の証明は、日本WPAの主導により継続していくこととし、当社は文星閣様の協力を得て、別の方法で個々の印刷物に対し環境対応印刷での優位性を数値化していく方法を考案した。
これは実際の当該印刷物に対し、「水なし印刷」および「Non?VOCインキ」の両面から、それぞれ絵柄面積率およびインキ使用量を実測し、VOC削減量を計算により求めて数値化するものである。
当社では前者の放散速度測定を「(印刷物の)消費過程における環境適性の数値化」、後者の計算による測定を「製造過程における環境適性の数値化」として区別し、環境対応印刷の優位性の証明としてきた。どちらも、発展途上の技術であるが、より統計データを蓄積し、価値あるものに積み上げをしていきたいと思っている。 以上