**本稿は、(株)印刷出版研究所の好意により、印刷情報4月号からの転載である**
株式会社わかくさ印刷(光本好雄社長,兵庫県西宮市)は,2008年から水なし印刷に取り組み,より環境にやさしい印刷物づくりを実現している。社員数6名の小規模な印刷会社ながら,印刷物のライフサイクルで排出されるCO2量の算出まで行い,カーボンフットプリントやカーボンオフセットなどの環境ソリューションを提供している。印刷需要が低迷する中で,水なし印刷を中心とした環境ソリューション提案は自社のブランディング戦略にも一役買っている。環境配慮への意識が高まるなか,地域の印刷会社としてどのような取組みで社会に貢献することができるのか,同社の光本由美副社長に聞いた。
15年以上にわたって水なし印刷を展開
(光本副社長)
わかくさ印刷は、地域密着型の印刷会社として複写伝票類や封筒,パンフレットなどの事務系印刷を主に手がけている。社内には印刷機1台と簡易的な製本機器を備え,制作から印刷までを一貫して請け負っている。社員6名のうち,男性は社長の光本好雄氏のみ。制作から印刷機オペレータ,営業活動など,女性が中心となって活躍している印刷会社だ。デザイン学校を卒業した女性スタッフが手がけるかわいらしいイラストは,同社の大きな強みになっている。
水なし印刷印刷は、2008年に水なし印刷に取り組みはじめて以来,15年以上にわたる。現在は仕事の内容に応じて水なし印刷と水あり印刷を併用している。
世界的な環境配慮の潮流,そして国内印刷市場の縮小が続く中で,同社では水なし印刷を中心とした環境ソリューションを差別化戦略の一つと位置づけ,様々な取組みを展開している。
同社の取引先は地場の中小企業がメインのため,現状では環境配慮よりも価格を重視するケースが多いというが,その中でも環境レポートやSDGs関連の印刷物などでは水なし印刷の需要が少しずつ高まっている。環境意識の高い廃棄物処理の会社では,パンフレットや請求書などの封筒類に水なし印刷を採用している。
「封筒は企業の顔でもあるので,自然に環境配慮をアピールできることを提案している」と光本副社長は話す。
同社では,印刷機の紙送りなどを工夫することで既製品の長3封筒や角2封筒,紙製ファイルにフルカラーかつ小ロットでの水なし印刷を行っている。昨今の脱プラスチック化の流れもあり,特に紙製ファイルの需要が増えてきており,行政などでの採用が進んでいる。
光本副社長は「地元の西宮市もプラスチック製品の使用を積極的に減らしている。これは当社にとって商機だと考えている。既製品の封筒にフルカラーかつ小ロットで刷れる印刷会社は少ない。こうした強みを活かしていきたい」と語る。
スペースの問題から同社では水なし印刷版を外注しているが,封筒などのリピートものは内容が変わることが少なく,また1回あたりのロット数が少ないこともあり,置き版するケースも少なくない。版を再利用することでコストを抑えられ,廃棄物も減少するなど経済面と環境面の両方にメリットがある。
CO2排出量の「見える化」で一層の環境貢献
同社では単に水なし印刷を活用するだけに止まらず,日本WPAが提供するクラウド型ソフトウェア「PGG®(Printing Goes Green)-CLOUD」を使用することで印刷物製造におけるCO2排出量の算出を2009年から行っている。PGG®はマスタ管理した排出原単位(排出係数)情報から,実際に使用した用紙や版材,インキなどの原材料とその輸送手段,印刷時の電気使用量,後加工時の電気使用量など,必要情報を指定するだけで印刷物製造に要したCO2排出量を計算できる。CO2排出量を「見える化」することで企業や消費者のCO2排出削減に寄与するカーボンフットプリントや,排出した分のCO2を相殺するカーボンオフセットを提供可能な体制を整えている。PGG®は水なし印刷以外の印刷方式にも対応しているため,印刷方式に関わらずカーボンオフセットなどの環境ソリューションを提供できることは同社の強みの一つとなっている。
封筒筒印刷など既製品へ印刷する仕事も多いため, CO2排出量の算出においては封筒メーカーにも協力 を募り,可能な限り情報を開示してもらってCO2排出量の計算を行っている。メーカーだけでなく,外注先の印刷会社や製本会社とも生産情報を共有することで,外注が絡む仕事でも問題なくCO2排出量を算出できる体制を整えている。
使用電力を100%再生可能エネルギー由来に
2021年には使用電力を、100%再生可能エネルギー由来に切り替え,社内で使用する電力については CO2排出量ゼロ化を達成した。これにより,両面フルカラーのA4チラシ3,000枚を水なし印刷で製作した場合,通常よりもCO2排出量を約6%削減することができるようになった。さらに,刷りはじめに古い紙を活用することでのヤレ紙削減や,より効率的な用紙サイズの選定,どん天方式による版数削減など,さまざまな削減努力でCO2排出量をさらに14%削減できることを示し,「わかくさ印刷に製作を依頼するだけで環境配慮への一歩を踏み出すことができます」とアピールしている。
光本副社長は,「2050年を見据えて,国や企業も環境配慮の方向に進んでいる。当社としても,その流れをどのように仕事につなげていくかが課題になる。現在ではネット印刷が普及し,データがあれば誰でも簡単に印刷物を作れる状況にある。その中で,当社が印刷を仕事にする意味,印刷機を保有している意味を考えると,細かな要望に対してスピーディに対応することが大事になる。
また,既製品の封筒印刷などネット印刷では対応できない商材もある。印刷機を保有していること,規模が小さいからこそのメリットを訴求して,環境面を強みにしていける会社を目指したい」と方向性を語る。
国としても2050年までにCO2排出量実質ゼロを目指すなか,その達成には社会全体が一丸となった取組みが不可欠なことは間違いない。その意味でも,わかくさ印刷のような地域の印刷会社が環境配慮を推進する意義は大きい。まだまだ環境配慮よりもコスト面が優先されてしま う現実もあるが,西宮市のふるさと納税に関する資料に水なし印刷が採用されるなど,少しずつではあるが環境に配慮された印刷物への需要は高まってきている。
「市に対しては,環境配慮をうたっている事業に関しては積極的に水なし印刷を提案するようにしている。こうした活動を今後も地道に続けていきたい」と光本副社長は先を見据える。