以下、掲載された内容を転載させていただく。
印刷ネット通販の時代は来るか
米国の成功現場を見る
日本WPA(日本水なし印刷協会)
事務局長 五百旗頭 忠男
印刷ネット通販のマーケットが拡大している。4月6日、東京都千代田区の如水会館で、第43回竹橋プリンティングセンターコミュニティスクエア交流会で日本WPA(日本水なし印刷協会)事務局長の五百旗頭忠男氏が「印刷ネット通販の時代は来るか?−米国の成功現場を見る」を演題にアメリカ印刷会社の印刷ネット通販成功事例を解説した。本稿ではその要旨を紹介する。
(文責・編集部)
Web to Print=印刷ネット通販
昨年の10月26日、米国の印刷通販ネットの会社を訪問しました。印刷ネット通販は日本とアメリカで意味合いが違います。現地に行った昨年秋から金融危機が起こり、社会情勢が激変しました。しかし印刷ネット通販の流れは基本的にずっと続いているものとしてお話します。
Web to Printは正確に言えば印刷ネット通販だけではないのでしょうが、ネットを使ってデータをサーバーにためて印刷物を制作していく手法も指します。一般的にアメリカではWeb to Printを扱った印刷物といえばネット通販を指しています。私個人としても印刷ネット通販と捉えています。
印刷ネット通販の変遷
2000年にe-コマースが流行しました。2000年のdrupaの時に多くのソフト会社が参入してきましたが、時を経るにつれて次第に淘汰されていきました。アメリカではe-コマースで印刷環境が変化したという一般的な認識があり、新たなビジネスモデルとなっています。
ネット通販を簡潔に説明しますと、印刷物の受発注をインターネット上で完結する仕組みです。従来の購買と管理方式を変えた革新的な手法と言えます。どの範囲を扱うかで、サイトの内容が違ってきます。日本ではB to Bが一般的なサイトです。名刺・年賀状の分野では、B to Cが存在し、日本の場合、デジタル印刷機で処理しています。
本日紹介するPrintFullfilmentServiceと言う会社の語源は、全印工連で推奨している「ワンストップサービス」と同じ意味合いです。同社は印刷工程をキーレス・アニロックス・水なし印刷機でこなしています。PrintFullfilmentService.comはOvernightPrint.comの子会社の印刷会社です。このブランド、OvernightPrintという名前でネット通販サイトを開設しています。年商150億円の全米第2位の印刷ネット通販サイトです。第1位はビスタプリントで年商450億円です。アメリカではネットで商売している印刷会社に勢いがあります。B to Bもありますが、目立っているのが、B to Cです。年商450億円と年商150億円の会社があるわけですから当然です。
OvernightPrint.comの意味は日本語で「アサッテクル印刷」と言えます。アスクルという会社は「明日来るから」アスクルと言いますが、Overnightとは「日をまたがる、48時間」という意味です。印刷のプロではなく、町の小企業を相手に印刷の直接受注をして受けています。
OvernightPrint.comは4年間で年商150億円に成長しました。驚異的な伸びです。同社は年率30%で伸びています。
昨年は、英国、独、仏、オーストリア、ロシア、ポーランド、アイスランドにサイトを開設しました。今年、イタリア、スペインにサイトを開設します。多くの国々にサイトを出す理由は関税の問題です。例えばアメリカのサイトにアクセスして注文し印刷物を頼んだ場合、アメリカから直送して日本で受け取るとアメリカ製となり関税がかかります。ところが、仮に日本にOvernightがサイトを立ち上げていたら、アメリカで加工しても委託加工ですから、関税が掛かりません。特にヨーロッパ、カナダ、メキシコなど国別にサイトを上げていなければアメリカにアクセスすると関税を払わなければならないためにコスト増となります。
このサイトは多言語対応で何語でも対応できるようになっています。我々の関心は日本にいつ出て来るのかということです。いずれは進出する考えを持っているようですが、中国が先と考えているようです。
OvernightPrintのサイトはフラッシュ上で動く、独自のDTPソフトのおかげですいすいと印刷物を制作できます。また豊富なテンプレートが上がっています。驚くことはトヨタ、ホンダなどロゴマークまでテンプレート化していることです。これら代理店の依頼によりロゴの利用が可能になっています。
入稿した原稿は自動面付けソフトで自動面付けします。独自の簡易校正をダウンロードして使えますが、ソフトプルーフ校正です。
34歳の若手経営者が創業
経営者のブレッドド・ヒープ氏は34歳の若さです。カリフォルニア大学で電子工学を学び、シリコンバレーで修行した後、ソフトウェア会社 「Farheap Solutions」を創業しました。ある時、印刷会社から印刷ネット通販サイトの構築を頼まれてソフトを開発しました。ところが引渡しのときに金銭問題が起こった。印刷会社からは「最初に提示した金額と違う」とクレームがきました。同社は「当初のスペックを尊重するとこの金額になる」と言い張ったのです。ブレット・ヒープ氏は「印刷会社は何もわかっていない」と気付き「印刷会社に売らないで独力でサイトを開く」と自らサイトを立ち上げました。このビジネスが4年のうちに年商150億円に化けました。日本では考えられないことです。
ヒープ氏は去年、印刷プロの経営者、デール・フォード氏を採用しました。とにかくやることが早いことが特徴です。デール・フォード氏は2007年9月のIGAS展で日本WPAが開催した国際水なし印刷セミナーで、54歳のモザイク社社長として全米1の水なし印刷成功事例を披露して、講演した人物です。IGAS展示会場でブレッド・ヒープ氏が来場し、フォード氏と偶然会い、自社に引き抜きます。そしてサイト専門の印刷会社の PrintFullfilmentService.comを作りました。
翌月の8月にフォード氏はライプツィヒに工場の建設にあたりました。ルイビルにはアメリカの高速便UPS(日本の郵パックにあたる)の本拠地があります。そしてカリフォルニア、ラスベガスにあった工場をルイビルに集結してしまいました。
Google Matrixがポイント
OvernightPrint.comのサイトの通販価格は、名刺100枚カラーで9ドル95セントです。スポットニス込みの価格で受注しています。彼らと議論するとGoogle Matrix(グーグルマトリックス)がポイントだと言います。同社はグーグルの検索サイト広告に1億円を費やし、3年間で採算分岐点に到達しました。私は「グーグルの検索広告よりも営業マンに仕事をとらせたほうがよいのではないか」と意見しました。彼らは「営業マンは固定費。我々の広告費は変動費です」と言い張るのです。営業マンなしで、いかに使い勝手のよいサイトを構築していくかが営業の生命線と述べています。ブレッド・ヒープ氏はソフト屋出身でありっソフトのバックアップに120名のソフト技術者が控えさせています。
日本ではSEO(インターネットで検索した時に検索項目で上位になるようにすること)を上げると伊井ますが、彼らの場合、グーグルマトリックスをマスターすれば自然に検索で上位に来るという考えを持っています。アメリカではグーグルマトリックスを学問として教えています。
本社はケンタッキー州ルイビルにあります。ルイビルにはかつて、楓の木があり、野球のバットをつくっていたということで野球博物館があります。ルイビルはUPSの貿易中継地点で夜中の1時に荷物を最終便に乗せられ、明くる日の10時に全米90%に配達されます。仮にシカゴで発送する場合、締切が10時になり、3時間の差が出ます。ネット通販ができた要因のひとつに物流の発達が大きい要因です。中継地点に印刷拠点を持ってくると効果があるといえます。
ITと印刷技術の融合
PrintFullfilmentService社はITと印刷技術をうまく融合しています。B to Cの場合、デジタル印刷機を使用していると思われがちですが、水なし印刷機を使っているのがみそです。日本には入っていませんが、DI水なし印刷機で菊半裁機の「Karat74DI」が4台、さらにDI印刷機を4台、菊全8色機を2台増設します。
水なしキーレス・アニロックスDI機にしている理由は、デジタル印刷機と違い、クリックチャージを取られない優位さが出ます。
KBA社の74DIはアニックスローラーを使用していて、印刷機上でイメージングします。立ち上げの損紙が10枚ほどで済みます。
日本でDI機はあまり評価されませんでした。 CTPがこれだけ普及し、印刷機械の上で製版しなくてもよいのではないかと考えられています。着けローラーは版胴と同径の一本ですから、濃度差が出ません。同社の8台の印刷機械は、どの台で刷ってもカラーマッチングが取れています。カラー調整は、すべて製版でやるという考えです。インクが色相に合っていなければカラーマッチングをとれませんので、インクが重要なポイントになってきます。
同社はクリックチャージをとられるためデジタル印刷機を使いません。面付けしても、売上が上がるに従って、クリックチャージが取られていくと、印刷会社として商売にならないと考えています。その点、印刷機は売上が上がれば上がるほど自分達の利益が増えます。
同社は、自社で開発した自動面付けソフトを運用し、「グラブフローインキング」を使用し、キーレスで、インクのツボキーがなく、標準濃度で印刷するため、校正紙はありません。
どの台で刷ってもカラーマッチングしているため、付け合わせ印刷ができます。どの台で刷っても同じ仕上がりで上がります。
また同社は月一回、チャートの印刷で管理し、インキの色相検査で受取検査をしています。
なぜ同社はイメージングに10分間もロスするDI印刷機を設置しているのかという疑問があります。この10分間で印刷物の両面検品をオペレーターにさせています。伝票なしの画面上でのワークフローとなっています。
PrintFullfilmentServiceは、DIを重視しています。理由は小ロット、急ぎの仕事に対応できるからです。
印刷ネット通販のワークフロー
同社は建物の倉庫を改造し、印刷工場を作り、空調装置、加湿装置を入れています。温度、湿度を刻々と点検しています。水なし印刷のポイントは温度、湿度管理を欠かさないことです。データを取ることで、スムーズに管理できます。
原価管理は、受注した品番ごと、お客様ごとのリストがあります。印刷通販を扱っているので、名刺だけということはありません。お客様は封筒、ノートパットなどを混合して注文します。あるものは早く、一方遅いものもあるので、管理しなければなりません。そこで「中間倉庫」を作っています。
中間倉庫は、工場にカメラを置いて、コンベアーで流れている品物が正常に流れているかをチェックしています。これらのソフトは全て自社で開発しています。
またサーバーは30秒ダウンするとバックアップがすぐ働いて立ち上がります。サーバーがダウンしていると仕事ができないので、重点的に投資して整備しています。
印刷ネット通販は、お店と変わりません。エプソンヘッドをつけた自社商品にTシャツを作るインキジェットプリンターを入れています。また桜井グラフィックシステムズのシルクスクリーン印刷機でIRとUVをつけたもので、乾燥しています。シルクスクリーンもCTPで製版しています。
印刷された用紙は名刺、はがきをスリッター加工し短冊にして、断裁機にかけます。スリッターと断裁機械の方が断裁精度が出てくれます。
日本の加工機械が多く導入されており、印刷機械はKBA社ですが、伊藤鉄工の断裁機、折機は正栄機械製作所のオリスター機を使っています。用紙は王子製紙のトップコートを使用し、名刺の角丸印刷機も入れています。
製品は一時的に、2階の中間倉庫で保管されます。注文が揃った段階で出荷されるわけですが、バーコードで管理し、混入を防いでいます。私は損紙はどのくらいか?と質問したところ「2.5%ある」という答えでした。刷り直して、流れの中に入れて作りなおした方が安いという考え方です。大阪で印刷ネット通販をされている方が参加されたのですが、「2.5%より当社の損紙は少ないのですが、0.5%に留めようとすると管理コストが莫大にかかってくる。このやり方は優れているのかもしれない」とおっしゃっていました。
OvernightPrint社は、印刷ネット通販を巨大なビジネスに成長させました。印刷ネット通販の成長には若手経営者のソフト・システム開発能力だけでなく、デジタル印刷機を使わない、物流の貿易地点に本社を持ってくるなど、今までにないやり方で、4年間で年商150億円を達成しています。日本の企業でそのまま同社のビジネスモデルをそのまま取り入れるのは困難ですが、取り入れられる部分は大いにあると思います。
ワークシェアリング、国内需要喚起と今までと違う経済の仕組みの構築を求められていますが、新時代はB2Cネット通販を助長すると思います。